千代田区神田淡路町の精神科・心療内科 神田淡路町メンタルクリニック

TEL.03-3525-4357

〒101-0063
東京都千代田区神田淡路町1-4 国土淡路町ビル 4F

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スタッフ紹介

院長-前村 謙司

属性:ただの精神科医

(経歴_簡略版)私立A大学文学部国文学科中途退学、国立B大学理学部物理学科卒業後、長崎大学医学部医学科卒業。同大学医学部精神神経科教室入局。同大学大学院進学と同時に国立Cセンター併設神経研究所国内留学。その後私立D大学医学部生理学教室へ異動するも中途退学し、しばらくは都内の精神科単科病院(複数)にて糊口をしのぐ。国立E大学大学院専門職学位課程(公共健康医学)修了し、そのまま同大学大学院医学博士課程に進むも某医療法人の民事再生に携わることになり、理事長・院長職を引き継いだため中途退学。その後は、再び都内精神科単科病院に勤務しながら、2013年5月より神田淡路町メンタルクリニック開業し現在に至る。精神保健指定医、日本精神神経学会認定専門医

座右の銘は、C’est la vie!

(経歴_詳細版)鹿児島生まれ。DNAに刷り込まれた無鉄砲さとあまのじゃくで子供の時から損ばかりしている。それに加えて堪え性がないときているから、なお始末が悪い。高校に居る時分、3階の教室から飛び降りて足の骨を折ったことがある。なんのことはない。友達にそこから飛び降りられないだろうとからかわれたからだ。そう、ワカさとバカさは紙一重なのだ。高校時代から物理が好きだったにもかかわらず、進学クラスは物理選択のない文系だった。これもなんのことはない。クラス分けの面談の際に担任の「物理や微積は必要ないだろう。どうせキミは音楽をやるんだし」というひと言が癇に障ったからだ。そう、今から思えば『短気は損気』。ひぃ婆さんがよく言っていた。たしかに高校時代は音楽と映画三昧で、不純異性交遊する余裕も気概もなく、今でいう陽キャの割に非リア充のまま不本意な3年間で終わった。一方で、ソレがないと生きていけないと思えるほどのモノにもコトにも出会えず、もとより為にするほどの智慧も甲斐性もなく、言葉が尽きてないから音楽が始まらないのだとうそぶいて文学部国文学科に入学する。しかし悠久不変の真理や原理を求めるものとは違う贅沢な時間の使い方に耐えられなくなり退学。なんのことはない。ただただ堪え性がなかったのだ。その後、それまで恋々としていた物理学を専攻する。ちょうどカオスやフラクタルが流行り始めた頃で、世の中がバブルに浮かれ、異様な高揚感に包まれた時代だった。そんな売り手市場の最中に、就活もせずにいたところ、卒業研究の指導教官に呼び出された。医学部に入りますととりあえずこたえたら「キミが医者になる?想像できんね」という口に朝するありがたい激励をもらい、一気にボルテージは上がり、無事に医学部入学。旧友に医学部入学の報告をしたところ「お前はそんなに何度も学校にいかなきゃならないくらいバカだったんだな」とひと言。さすが親友。やはり持つべきものである。卒業後は、日本で最初の歯学教育機関で、あとから医学部ができるという出自のせいか、卑屈さが裏返った微妙なプライドの高さが特徴の大学に入局するつもりだったのだが、母校の精神神経科学教室へ入局。なんのことはない。卒業間際に記念講堂の男子トイレで、あとから用を足しにきた医局の先輩から「ここまで世話になっておいて、これでウチに入らなかったらハンザイだな」などと素敵な勧誘を受けたため頭に血が上り前後不覚に陥ったからだ。そう、『癇癪持ちの事破り』という当たり前のことに気づかなかったのだ。母校での研修終了後、国内留学しながらも研究に挫折するまでのエピソードもなかなかのものであるが、長くなるので泣く泣く割愛する。もちろんここでもまた無鉄砲とあまのじゃくが悪さをし『短慮は功を成さず』の謂いそのままであった。その後、都内城東地区精神科単科病院に9年あまり勤務する。これもなんのことはない。かつての医局の上司からの「あそこに務めると経歴にキズがつくよ」と将来を慮った『親心』ともいうべき気遣いに、生来のあまのじゃくが頭をもたげたためだ。結果的によくわからない理由でそこを解雇・使い捨てされる羽目になる。そう、忠言は、耳に逆らい、やはり冷や酒同様、あとからじんわり利いてくる。都内某旧帝大大学院時代に、ある教授に「これから学位を取ってもねぇ。まぁ、女子大の教授くらいにはなれるだろうけど」と一段高いところから嬉しいお言葉を頂戴したことがある。この時は「大学の教官みたいな、おバカをちょっとだけお利口にする仕事は、私には向きません」と割と素直にやんわりご辞退申し上げた。少しはオトナになっていたらしい。そういえば「うちで教授になるには、一に敵なし、二に政治力、三四がなくて五に業績」と屈折した自信をのぞかせながら不遇をかこつ講師もいたっけ。専門職大学院修了後、いったん同大学大学院博士課程に進学するが、民事再生することになった医療法人および社会福祉法人の理事長・院長職を引き継いだため退学する。M&Aのえげつなさと首都圏の一地方にありがちな度し難い積弊が勉強になった。ここから都内の勤務医に戻るまでもそれなりのエピソードはあるのだがこれも長くなるので省略しよう。2013年5月神田淡路町メンタルクリニック開業。2020年3月に9年間務めた某医療法人から雇い止めを受けるまでは、夜間・休日のみの診療であったが、以後は日中・平日も含め、クリニック診療に専念することを決意する。これもなんのことはない。他の医療機関に転職しようと応募したところ、前職を懲戒解雇されたなどと事実無根の噂を流され、誹謗中傷・嫌がらせをうけたからだ。そう、人も10人いれば、3人は敵、3人は味方、あとの4人はどっちつかずの世の中。まさに妬み嫉みは世の習い。人をうらやむがゆえの卑劣な振る舞いだけがカレラの心の支えであったとすれば憐れで惨めなことだ。そんなこんなで、いまは背水の陣というか、まさに人生そのものが五里霧中。それにしてもこうして書いていて思った。全然、粋じゃないよね、この人生。

抱負のようなもの:神田の地にふさわしい“粋な”クリニックをめざしたい